ねこブログ

震災を問い続けること

2013年5月6日、てつがくカフェ@仙台メディアテーク
「震災を問い続けること」

震災を問い続けて3年目のせんだいてつがくカフェの問い。
震災を問い続けること(問い続けていいのか/問うのは当然)
これからも問い続けるとしたら、どんな問いがよいのか。。。

いつも、仙台の「震災」てつがくカフェは、重い。
回答があるわけでもないし(いつもそうだけど)
そもそも問うこと自体があやうくなる場合もあるから。

今回のテーマは、仙台だからありえたかもしれない問いかもしれない。

関東で「震災を問い続けること」と言ったら、
そもそも、問い続けていたんだっけ?
という感じになるかもしれない。

今日、参加していた、高校生の発言のように
「東北にいたが、友だちにも自分にも
具体的な被災がないこともあって、
友だちと震災について話すこともない。それでよいのか?」

議論(対話、熟議)というものは、理性的に対話がなされる。

ただ、仙台の「震災」てつがくカフェは、”理性”がありながらも、
ナマの声が”必ず”入る。日々被災の現実と向き合う方たちの声。
(あえて、こういう言い方をするのを許してください)

「理性」は揺り動かされる。
もしかしたら、それは整然とした対話の流れからすると、ノイズのような
ものかもしれないが(失礼)、その声は感情に近いもの。

その、声によって告げられる内容は、
もしかしたら、既に活字として目に入っている情報だったような気もする
のだが、感情がきちんと伝わる発言に、はっとさせられる。

今まで何を聞いていたんだろう、何を考えていたんだろう、と。

東浩紀『一般意志2.0』で言っていることって、
こういうことに近いのかな、と思った。
感情に動かされること、
てつがくカフェが、対話であることの意味。

もちろん、逆にその対話の場での空気で、言えなくなる意見もある。
それがよいのか、よくないのか、
なぜそういう気持ちになったのか、ぐるぐる考えている。

仙台てつがくカフェの西村さんが
「てつがくカフェは、偉い人の話を拝聴して、
いろいろよい話に満足して帰るところではありません。
モヤモヤするところです」と言っていたが、まさにそれ。

「問い続ける」のは忍耐を必要とする。

震災を問い続けるというのは、ある意味、悪夢をこれでもかこれでもかと、
こねくりまわし続けることに近いのかもしれない、残酷なこと。
決して楽観的な作業ではない。
忘れるののほうが得意な人間が、忘れ続けないというのは、大きな決断であり、意志である。
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by neco5959 | 2013-05-06 22:57 | 地震
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