ねこブログ

『関信三と近代日本の黎明 日本幼稚園史序説』

昨年、取材をしていて児童学の教授から、この本を紹介された。
国吉栄著『関信三と近代日本の黎明 日本幼稚園史序説』
関信三は、日本初の幼稚園、東京女子師範学校附属幼稚園(1876年、明治9年設立)の監事だった人。
だが、関氏はもともとは仏教徒で、しかもキリスト教解禁を阻止しようと、スパイとなって
キリスト教会に潜入、クリスチャンにまでなり、しかもその活動の一環として、渡欧までした人なのだ。だが、その途中、日本においてキリスト教が許されてしまい、彼はあっさり日本に引き上げてきた。
その後、彼の英語力が買われ、幼稚園設立の準備としてアメリカの幼稚園について書かれた本を翻訳することから、彼は幼稚園教育に携わることになるのである。

冒頭の先生からは、
「歴史の転換期における数奇な人生を送った関信三を研究した国吉さんのように、necoが調べる幼稚園の初期の時代(大正時代から昭和初期)に活躍した保母について、
深く広く研究したら面白いかも」とアドバイスされた。
確かに、すごい人、とてつもない研究書であった。

これを真似ろとは。

この人の生涯を深く追うと、明治初期の宗教の動き、外交、政治、そして教育の歴史の
一面が見えてくる。
私が調べている保母は、大正期なので、それほど幼稚園としては早くない時期なのだが、
田端文士村に住む文士達の家庭や、上流階級だった家庭に少なからぬ影響を与えた人
である。そういう意味では、関信三よりは”すごい”人ではないのかもしれない。
しかし、周辺取材・研究をするにつけ、”すごい”人は他にも出てくる。

最近のビッグな人物は、東京のうさぎ幼稚園の初代園長。
実はこれは友人の子どもが通っている幼稚園で、彼女は、私のブログをみて、参考になれば、とその幼稚園の歴史が書いてある冊子を送ってくれた。

120年の歴史がある幼稚園なのだが、園長は3代目!(皆なんて長生き)
その冊子は、現園長の米寿記念の冊子のようだが、初期の教育の様子が書かれていて
このような記録がどこかしらに残っていることにひたすら敬服してしまう。
(こういう記録が我が園にもあったら!)
初代園長は、鹿児島県の種子島出身だが、上京し、東京師範女子学校に通う。
(それより前に、年表では「種子島を無断で出帆、大暴風で望果たさず」とある)
それだけでもすごいのだが、当時保母をしていた豊田扶雄(とよだふゆ)が、鹿児島にできた日本の第三番目の幼稚園、鹿児島県女子師範学校付属幼稚園(参考:国立鹿児島大学付属幼稚園の歴史)に赴任するのに、彼女も助手として豊田さんについていくのである。
そういうふうにして保母の教育を身に付け、明治19年に東京で幼稚園を設立する。
このバイタリティはどうだ!

豊田扶雄については、研究書はいろいろあると思うが、ネットではあまり見つからなかった。
だが参考まで。
保育者養成に関する史的一考察(国際学院埼玉短期大学 研究紀要より)
松岡正剛の千夜千冊「日本の幼稚園」
・・・松岡正剛が日本の幼稚園の歴史に関心があったなんて驚き!
水戸二高にある豊田扶雄の銅像
・・・・豊田扶雄は、水戸女学校で教鞭をとっていた。
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by neco5959 | 2006-01-15 19:35 | 幼稚園ネタ
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